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​ワカ チンナ カタ​

『ワカ チンナ カタ』とは「ある小話」という意味のテルグ語で
  ババ様が御講話の中で話された例え話や物語です。

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24-03

​正直は最良の方針

 世界的に有名なノーベル賞受賞者のC. V. ラーマン卿〔1888-1970〕は、生まれつき率直で気取らない性格であり、高潔で誠実な人格の持ち主として尊敬されていました。また、彼はとても親切で寛大でもありました。ラーマンはバンガロールに科学研究所を設立するために、ノーベル賞で得た賞金の全額を費やしました。あるとき、彼は自分の研究所の研究助手の職を希望する応募者たちを面接のために呼び出しました。面接を受けた数人の若者の中に、ラーマンから「君を選ぶ可能性はほとんどない」と率直に言われた若者がいました。正午に面接が終わると、ラーマンは昼食を摂るため家に帰りました。
 

 午後3時に研究所に戻って来たとき、ラーマンは例の若者が事務所の近くをぶらぶら歩いているのを見かけました。ラーマンはその若者を呼んで、厳しい口調で言いました。「君が選ばれることはないと私は言わなかったかね? それなのに、なぜ君はまだここにいるんだ?」 その若者は謙虚な態度で答えました。「先生、失礼ですが、私はもう一度選んで頂けるようお願いするためにここにいるのではありません。経理の方が間違って交通費を多く支払われていたので、超過分を事務所へ返しに来ただけなのです」
 

 C. V. ラーマンは、その若者が正直で誠実であることに驚くと同時に、とても嬉しく思い、こう言いました。「なるほど、そうだったのか。愛しい青年よ、心配することはない。私は自分の研究所の研究員として君を選ぶことにしよう。君が真実と正直さを大切にしていることは、君の人生においても研究作業においても、常に役に立つことだろう」

C. V. ラーマン卿_.png
24-02

​冗談でも決して嘘をつくべからず

 昔むかし、父親と母親と2人の子供の4人家族が幸せに暮らしていました。ある日、兄妹のうちの兄である12歳の少年が、試験に向けて忙しく勉強していました。その日はたまたま少年の誕生日でした。父親は仕事に出かけようとしたとき、息子を呼んで言いました。「さあ、この金貨をあげるから、これをお母さんに渡して、お前の指輪を作ってもらいなさい」。少年は父親にお礼を言って、その金貨を近くのテーブルの上に置くと、再び読書を始めました。少年の妹が部屋に駆け込んできて、そのピカピカ光る金貨を興味津々に眺めました。妹はそれを手に取ると、兄に尋ねました。「お兄ちゃん、これはなに? だれにもらったの?」 兄はちょっとからかうつもりで言いました。「それは金貨だ。お父さんが誕生日プレゼントにくれたんだ。お前も欲しいかい?」 妹はそれを聞いてわくわくしました。「わぁ!お兄ちゃん、どうすれば金貨をもらえるのか教えてちょうだい」。少年は言いました。「ああ、とっても簡単なことさ。要するに、少しの間待てばいいんだよ」。「そうなの?じゃあ待つわ。でも、どうすれば金貨がもらえるの?」 妹は尋ねました。「ただこの金貨を土に埋めて、毎日水をやるんだ。すると苗木が生えてきて、それが実をつける。その実の一つひとつの中に金貨が入っているのさ」と、少年は言いました。

 そのやり方を簡単に説明したあと、少年はまた本を読み始めました。無邪気な少女は兄の言葉を信じ、金貨を持って裏庭へ駆け出して行きました。少女は井戸のそばに穴を掘って、その穴に金貨を埋めて土をかぶせました。そして、埋めた場所の周りに円を描きました。作業を終えた少女はすっかり満足し、手を洗って家の中へ走っていきました。少女が土の中に金貨を埋める様子をじっと見ていたその家の女中は、穴から金貨を掘り出すと、涼しい顔で立ち去りました。

 

 しばらくして、母親が、朝食の用意ができたので食べに来るよう息子を呼びました。少年は母親に金貨を見せたいと思いました。少年はテーブルの上を探しましたが、金貨が見当たりません。そこで、少年は妹を呼んで金貨をどこに置いたのかを尋ねました。ちょうどその時、母親が入ってきました。少女はどれほど大切に金貨を裏庭に埋めたかを兄に説明していました。母親は尋ねました。「何の金貨なの? なぜ埋めたの?」 少年は一部始終を母親に説明しました。3人は大急ぎで裏庭へ向かいました。穴の中は空っぽでした。少年は妹を叱り始め、泣き出しました。母親は2人を家の中に入れて、自分のそばに座らせて言いました。「お兄ちゃん、もう泣かないで。今日はあなたのお誕生日よ。妹を責めてはいけないわ。この子は金貨のことを何も知らなかったのよ。あなたはなぜ嘘をついたりしたの? たとえ誰かをからかったりふざけたりするにしても、嘘をつくべきではないわ。結果はどうなった? お母さんは怒っているんじゃない。ただあなたを可哀想に思っているだけよ。覚えておきなさい、たとえ冗談であっても、二度と嘘をついてはいけません」

​真実を話すべし

 ある日、パールヴァティー女神はシヴァ神に尋ねました。「主よ、あなたを参拝するためのカーシー※という聖地があり、カーシーを訪れてガンジス川で沐浴した後、あなたに祈りを捧げた者は、カイラーサ山に来て永遠にそこに留まる恩恵を得られるというのは本当のことでしょうか?」 シヴァ神は答えました。「万人がその恩恵を得られるわけではない。ただカーシーを訪れ、私の像に礼拝するだけでは十分ではない。今からその点をはっきりさせよう。さあ、我々は老夫婦の姿を取ってカーシーへ行こう。お前にも芝居を打ってもらうよ」


 シヴァ神とパールヴァティー女神はシヴァ寺院の入口に現れました。パールヴァティーは80歳の醜い老婆、シヴァ神は90歳のよぼよぼの老人になりすましていました。シヴァは頭をパールヴァティーのひざの上に載せ、とても苦しそうにうめき声を上げ始めました。老婆はなすすべもなく泣き叫んで、巡礼者が通るたびに言いました。「ああ、信者の皆さん、こちらを見てください、これは私の夫です。夫はひどく喉が渇いて、今にも死にそうです。どうか夫のために水を汲んできてくれませんか? 私は夫を残して水を汲みに行くことができません」。巡礼者たちはガンジス川で沐浴をすませ、ガート〔沐浴で川岸へ降りるための階段〕から上がってきたところでした。彼らの服は濡れていて、キラキラ光る真ちゅうの小さな容器に聖水を入れて持ち歩いていました。

 巡礼者たちは老婆の嘆きを目にし、耳にしました。中には「待っていなさい。ヴィシュワナータ神に聖なるガンジス川の水を捧げてから、あなたのご主人の世話をしてあげよう」と言う人々もいました。「ああ、なんたる迷惑だ!この物乞いたちは、我々が心静かに礼拝を捧げることさえ許してくれないのか」と言う人々や、「こんな物乞いどもをここに座らせるべきではない」と言う人々もいました。

 

 寺院の入口には大群衆がいました。巡礼者たちに混じって、スリを生業(なりわい)とする1人の男が歩いていました。この男も老婆の嘆きを耳にしました。男は、苦しんでいる老人と嘆き悲しんでいる老婆の姿を見ていられなくなりました。男は老夫婦のもとへ歩み寄り、こう言いました。「お母さん、何が欲しいんだ? あんたたちは誰だ? どうしてここにいるんだ?」 老婆は答えました。「息子よ、私たちはヴィシュヴェーシュヴァラ〔シヴァ〕神のダルシャンを受けるためにここに来たのですが、夫が疲労のため急に気分が悪くなり、倒れてしまったのです。誰かが夫の焼けるような喉に水を注いでくれたなら、夫は助かるかもしれません。私が水を汲んでくるには、夫の具合が悪すぎて危険です。大勢の人に助けを求めましたが、水がいっぱい入った水筒を持っているにもかかわらず、誰ひとり水を分けてくれませんでした」

 スリは慈悲の心を動かされました。スリは乾いたひょうたんの中に水を汲んで持ってきました。老婆はスリの手を止めて言いました。「息子よ、夫はいつ死んでもおかしくありませんが、水をくれる人が真実を話さない限り、水を飲もうとはしないでしょう」。スリはその言葉の意味が理解できませんでした。「お母さん、俺は一体どうすればいいんだい?」

 皮肉な笑いを浮かべながらスリは言いました。「お母さん、俺は今まで何一つ善行などしてこなかった。俺はスリを生業にしている。たった一つの善行といえば、今やろうとしていること、つまり、この死にそうなお年寄りに水を差し出すことぐらいなんだ。これが真実だよ」。男は、老人の口に優しく水を注ぎ込みました。スリがこの行為を終えるやいなや、老夫婦の姿は消えて、そこにはシヴァ神とパールヴァティー女神が燦然と光り輝いて立っていました。シヴァは言いました。「息子よ、そなたは実に祝福されている。真実を話すほど偉大な徳行はなく、仲間の人間に奉仕するほど実りある礼拝はない。この一つの善行によって、そなたがこれまで犯してきた一切の罪は贖(あがな)われた」

※カーシー=ヒンドゥー教の大聖地ヴァーラーナシーの古名

​愛国心

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 スバス・ボースがカルカッタ大学で学んでいた頃のことです。インドとインド人について軽蔑的に話をする英国人の教授がいました。愛国心の強かったスバスは、母国に対するそんな侮辱的な言葉を聞くことに耐えられませんでした。しばらくの間はじっと我慢していましたが、その教授が同じ調子で話し続けたとき、スバスは立ち上がって三つの机を飛び越え、その英国人の首元をつかみ、サンダルで彼を叩きました。スバスは言いました。「私はどんなことでも我慢できる。しかし私の母国が罵られ、笑いものにされることだけは我慢できない。私はどうなろうとかまわないが、わが国の名誉だけは守らなければならない」
 

 その出来事を目撃した学生たちは仰天しました。英国人の教授は「助けてくれ!助けてくれ!」と叫びました。事件の知らせは大学当局に届き、当局は緊急会議を開いて、スバス・ボースを5年間の停学処分にしました。スバスは、自分の全人生を母国に捧げることを決意しました。カルカッタでは勉強を続けることができなくなったため、スバスの父親は彼をロンドンへ送りました。ロンドンにいる間もスバスは母国への愛を大切に胸にしまっていました。彼は学業を終えて母国に仕えるためインドへ帰国する決意をしていました。スバスは懸命に勉強して、I.C.S.〔インド高等文官〕の試験に合格しました。彼はインドへ帰国し、国政に身を投じました。「食べ物やその他ありとあらゆるもので自国の世話になっているのだから、私は自国に仕えることによって感謝を示さなければいけない」。これが、スバスの固い決意だったのです。

 

※ スバス・チャンドラ・ボース(1897年1月23日~1945年8月18日)

ベンガル州カタック(現在のオリッサ州)出身のインド独立運動家。インド国民会議派議長(1938-1939)を務めた。

(出典:ウィキペディア) 

2023-11

母と母国

 シュリ・ラーマとラクシュマナは、ヴァーナラ〔猿〕族の軍団に助けられ、猿たちが築いた橋を渡って海を越えました。彼らはランカー王国を征服し、ラーヴァナ王を殺し、シーターを救い出しました。ラクシュマナはすべてが光り輝くランカーの町を見て、言いました。「兄上、なぜアヨーディヤーに行かなければならないのですか? あそこは兄弟のバラタに治めさせておきましょう。ランカーはあらゆる点でアヨーディヤーよりも繁栄しているように見えます。兄上はランカーの統治者になれます。ラーヴァナに勝利して彼を退治するという手柄を立てたのですから、兄上はそれだけの功徳を得ています」。ラーマは愛情深くほほ笑みながら、断固たる口調で答えました。「わが弟、ラクシュマナよ! たとえ自分の母親がどんなに醜くても、別の女性を自分の母親と見なすことはできない。同様に、ランカーがどれほど繁栄して魅力的であっても、私にはランカーの宝石や富は必要ない。私の生まれた場所は、私にとってより神聖でより愛おしい。まことに、それは私にとって天国そのものだ。弟よ、覚えておくがいい。母と母国は、天国そのものよりも価値があり、愛おしいと見なされるべきなのだ」
 

 ここで、言及しなくてはならないことは、ラクシュマナがわざとこの奇妙な質問をしたのは、古(いにしえ)の太陽王朝の優れた王やその後継者であるインドの統治者たちの中においてさえ、個人幸福と国家の幸福への配慮が見事に融合していたことを世の人々に知らしめるためだった、ということです。
 

マーターブーミ プットローハム 

プリティヴィヤー(ハ)

大地はわが母、われは大地の子供なり

 

――アタルヴァ・ヴェーダより

2023-10

​模範的な母親

 カルカッタの町にある母親と息子が住んでいました。母親は息子に教育を受けさせるため、たくさんの犠牲を払いました。しかしその一方で、息子に強く言い聞かせました。

 「愛しい息子よ、世俗の教育を気にかけてはいけません。愚かな人々はあらゆる種類の学問を身につけるけれど、自分が何者であるかをまったく分かっていないのです。ただ勉強するだけでは低俗な道から抜け出すことはできません。学識を身につけても、人はただ論争に引き込まれるだけで完全な英知を学んではいません。なぜ結局は死に至るだけの学問を追い求めるのでしょう?人は、自分を死から解放にしてくれるものを学ぶべきです。霊性の知識だけが不死へと導くことができます。それは永遠です。世俗の知識は一時的です。生計を立てるためには世俗の教育も必要でしょう。でもこの教育は、限られた欲望と自立した生活を営むためだけに身につけるべきものです。それゆえ、愛しい息子よ、学問を追求すると同時に、霊性の探求も始めなさい」

 少年は教育を修了し、小さな仕事に就きました。ある日、その村で祭り(ジャトラ)がありました。村の女たちは最上の服と宝石で身を飾り、祭りに参加しました。少年の母親もぼろぼろの服を着て祭りに出かけました。息子はその姿を見ることに耐えられませんでした。息子は言いました。「お母さん、お母さんはきれいな服も宝石も持っていないのですね。そんな姿を見ていると僕は心苦しいです。どうか、どんな飾りが欲しいかを教えてください、お母さん!」

 母親は答えました。「今は答える時ではありません。ふさわしい時が来れば教えましょう」

 良い振る舞いと勤勉さのおかげで、その若者は仕事でより高い地位に就くことができました。そして母親のところへ帰り、どんな宝飾品が欲しいかを再び尋ねました。「僕はできる限りのことをしてそれを手に入れましょう」と、若者は言いました。母親は、自分は三つの飾りが欲しいのだけれど、それらが何であるかは後で話すと告げました。

 

 時を経て、息子はとても高い地位に就きました。

 もう一度、息子は懇願しました。「お母さん、今では私もいくらかお金を持っています。どうか教えてください、お母さんはどんな宝石をお望みですか? それをお母さんのために買いましょう」。

 

 母親は言いました。「愛しい息子よ、私は今、宝石を身につけられる状態ではありません。でも私が興味を持っている飾りがいくつかあるので、それが何であるかを教えましょう」

 息子を近くに引き寄せて、母親はこう言いました。

 「この小さな村では子供たちが遠くの学校まで通わなければならないことを知って、私は悲しく思っています。私が望む一つ目の飾りは、あなたがこの村に小学校を建てることです。二つ目は、村にはちょっとした病気さえ治してくれる医療機関がありません。私は村人たちの窮状を思って眠れない夜を過ごしています。あなたが村人たちのために小さな病院を建ててくれれば、それが私への二つ目の飾りになるでしょう。三つ目の飾りは、あなたが自分でしなければいけないことです。時が来れば、あなたの評判は高まるかもしれません。もし誰かが『お母様はどなたですか?』と尋ねてくれば、あなたは私の名を告げるかもしれません。あなたの振る舞いは、母親の名を守るものでなくてはいけません。あなたは自分が受けた教育の恩恵を、他の人々と分かち合わなければいけません。富を追いかけてはなりません。マモン〔物欲の象徴としての富の神〕の崇拝者が神を切望することはありません。神を探し求める者は、富を探し求めないものです。これを厳しく守ることが、私があなたから望む三つ目の飾りです」

2023-09

プタリーバーリー

 ガンディーの母親であるプタリーバーイーは、毎日『コーキラ・ヴラタ』として知られる誓いの儀式を行っていました。儀式が終わるとすぐ、彼女は朝食をとるためにコーキラ鳥(インドのオニカッコウ)が鳴くのを待っていたものでした。ところがある日、彼女は食事をとらないまま長い間カッコウが鳴くのを待っていました。このことに気付いた幼いガンディーは、家の外へ出て行ってカッコウの鳴き声を真似てから、母親にこう言いました。「さぁ、カッコウが鳴きましたよ。お母さん、どうかご飯を食べてください」。苦悩を抑えきれなかった母親は、ガンディーの頬をピシャリと平手で叩き、嘆き悲しみました。「こんな嘘つきが生まれてくるなんて、私はいったいどんな罪を犯したのでしょう!ああ、神様!こんな邪悪な嘘つきの息子を生んでしまった私は、なんと罪深い人間なのでしょう!」。そう言って彼女は涙を流しました。母親の言葉に深く心を打たれたガンディーは、母親に約束しました。「お母さん、これから先の人生で、僕はもう決して嘘はつきません」

 

 その当時、母親たちは自分の子供たちの振る舞いを注意深く見守り、子供たちが正しい道から逸れないように努めていたのです。

2023-08

母親の役割

 クルクシェートラ〔マハーバーラタ〕の戦いの後、クリシュナ神はガーンダーリー妃を慰めに訪れました。王妃はクリシュナ神を責めました。「あなたは神様でありながら、なぜそれほど依怙贔屓(えこひいき)なさるのでしょうか?パーンダヴァ家の息子たちは助けておきながら、私が産んだ100人の息子たちのうち、1人さえ救ってくださいませんでした」。クリシュナは答えました。「姉上、私にあなたの息子たちの死の責任はありませんよ。それはあなたの責任です」。ガーンダーリー妃は答えました。「クリシュナ様、そんな風に私を非難するとは、どうしてあなたはそれほど無慈悲になれるのですか?」

 クリシュナは答えました。

 「姉上、あなたは100人の息子を産みました。しかし、そのうちのたった1人でも愛情のこもったまなざしで見つめたことはありますか? あなたは目隠しをし続けることを選びました。あなたは息子たちがどのように暮らしているかを見守ることができなかった。あなたの息子たちは、実際、最も不幸な子供たちです。というのも、彼らは母親の優しい気遣いや愛情深いまなざしを受けることができなかったからです。どうして彼らが規律正しく、忠実で、正義感の強いヒーロー〔英雄〕に成長したりできるでしょう? 母親は最初の教師であり、訓戒者なのです」

 「ご自分で、クンティー妃の状況と比べて、じっくり考えてみてはどうですか?クンティー妃は夫の死の瞬間から、息子たちを愛情こめて大切に育ててきました。彼女は宮廷であろうが、蝋(ろう)を塗りこめられた家であろうが、常に息子たちと共にありました。パーンダヴァ兄弟は、決して母親の祝福を受けずに何かをすることはありませんでした。彼らが私の恩寵を手に入れたのは、『クリシュナ様、どうか息子たちをお守りください』というクンティー妃の絶え間ない祈りのおかげであって、兄弟たち自身の才能ゆえではありません。母親の愛情深いまなざしを受ける幸運を得られなかった者たちは、神のヴィジョンを得ることも、神の愛を勝ち取ることもできないのです」

 

 こうして、クリシュナ神はガーンダーリー妃に母親の役割について教示したのでした。

※ガーンダーリー妃:盲目の王ドリタラーシュトラの妻。カウラヴァ家の100人の息子の母親。盲目の夫と心を一つにするため自分の目をショールで固く縛り、夫に仕えた。

 

※クンティー妃:クル族の王、パーンドゥの妻。ユディシュティラ、アルジュナ、ビーマの母親。         

〔出典:インド神話伝説辞典〕

2023-07

​親の背を見て子は育つ

 あるお金持ちの商人にひとり息子がいました。商人は息子がまだ5歳のときに妻を亡くしました。商人は息子にとって父親であり母親でもあり、愛情いっぱいに世話をして息子を育てました。彼は息子に良い教育を受けさせ、美しい娘と結婚させました。

 

 にもかかわらず、義理の娘はこの義父をいらだたしく感じていました。義理の娘には義父が邪魔者であり、自分たちの自由を妨げる存在に思われました。彼女は何とかして全財産を夫が管理するようにできないのかとせき立てました。夫は言いました。「心配するな、僕はひとり息子だから、財産はすべて僕だけのものになるよ」。しかし妻は黙っていられませんでした。来る日も来る日も、彼女は夫にうるさくせがみ続けました。ある日、息子は父親に告げました。

 

 「父さん、父さんはもうかなりの年だ。財産を管理して収支を合わせるのは難しくなってきていると思うんだ。それなら、僕にすべての管理を任せてくれないかな?」

 

 世の習わしというものを十分承知していた父親は、それに同意し、息子に財産に関するすべての書類を渡し、鉄の金庫の鍵まで渡してくれました。

 

 数ヶ月が過ぎた頃、妻は、いつも咳やくしゃみをしている老人がベランダのある正面の部屋を占領するべきではないと思い始めました。ある日、妻は夫に言いました。

 

 「あなた、私にはもうすぐ赤ちゃんが生まれるのよ。そうなったら、私たちは正面の部屋に住んだ方がいいわ。お父さんには、裏庭に草ぶき屋根の小屋を建ててあげればどうかしら?」

 

 男は妻をとても愛していたため、それは実に賢い考えだと思い、妻の望みを叶えました。義理の娘は、よく老人のお昼ご飯を午後のかなり遅い時間に土のお皿で出していました。

 

 ある吉兆の日に、この夫婦に息子が生まれました。息子は利口で活発で愛らしい子供に成長しました。この子はよくおじいさんと一緒に過ごしたものでした。おじいさんの話や冗談を聞くのが面白くて楽かったのです。子供はむしろ、自分の大好きなおじいさんに対する母親の態度を不愉快に思っていました。ですが、母親の頑固な性格と、父親が母親任せであることもよく分かっていました。

 

 ある日の午後、昼食のあとで父親と母親が1時間以上もの間、何か探し物をしていました。子供はおじいさんの膝の上から降りると、両親のもとへ走り寄りました。子供は両親が探し物をしているのを見て何の気なしに尋ねました。「お父さん、いったい何を探しているの?」「あぁ!お前のおじいちゃんの土のお皿だよ。もう遅いからおじいちゃんにお昼ご飯を出さないわけにはいかないだろう?お前はあのお皿を見なかったかい?」 

 5歳の子供は、いたずらっぽく笑って答えました。   

 「もちろん、あのお皿は僕が持っているよ。大事にトランクの中にしまってあるんだ」

 「なんだって、トランクの中に土のお皿をしまっているだって!いったい何のためにそんなことをしているんだ? さあ早くお皿を出しなさい」と父親は言いました。

 

 子供は答えました。

 「駄目だよ、お父さん!これは必要なんだ。将来のために取っておきたいんだ。だって、お父さんがおじいちゃんみたいな老人になったら、お父さんのお昼ご飯を出すのにこのお皿がいるじゃないか。その時にこのお皿がないと僕は困るんだよ」

 

 若い両親は言葉を失い、唖然として立ちすくみました。両親は子供の胸の内を理解しました。そして、自分たちの振る舞いを恥ずかしく思いました。その日から、彼らは尊敬の念と愛情をもって老人の世話をするようになりました。

 

 あなたが両親を敬えば、あなたの子供もあなたを敬うようになるでしょう。

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​師と求道者

 ある求道者に、「森へ行きなさい。どうして市場で平安を得ることなどできるだろう?」とアドバイスしたグル〔霊性の師〕がいました。

 別の求道者に、そのグルはこう言いました。「今いる場所に留まりなさい」

 この2人の求道者が出会い、グルのアドバイスについて話し合いました。一人の求道者が言いました。「私たちに正反対のアドバイスをするとは、一体どういうことだろう? おそらく、私たちはグルの言葉を正しく理解していなかったのだ。一緒にグルのところへ行って、我々の疑問をはっきりさせようじゃないか」

 2人はグルに会いに行き、自分たちの疑問を投げかけました。グルは次のように答えました。

 「アドバイスは、求道者の霊的成長の度合いに基づいているゆえ、一人ひとり異なるのだ」

​息子への手紙

 皆さんは、偉大で高潔な英国紳士、フィリップ・シドニーについて聞いたことがあるかもしれません。

 

 学校に通っていた頃、彼の父親は息子にいくつかの助言を与える手紙を書きました。手紙には、こう記されていました。

 

 「私の愛する息子よ!毎日、神に心からの祈りを捧げなさい。常にお前の心を神に向けるよう努めるのだ。尊敬の念と謙虚さを持って先生方や同級生たちに接しなさい。怒りや貪欲さや不平不満に余地を与えてはいけない。お前に向けられたいかなる批判も気にしてはいけない。他人からの称賛に浮かれてはいけない。他人を批判することに耽ってもいけない」。そして、手紙の最後にはさらに大切な忠告が記されていました。

 

 「もし誰かと約束を交わさなければならなくなったら、他の誰とでもなく、ただ神とのみ約束を交わしなさい。言葉は神からの贈り物だ。それゆえ誓いの言葉は神のみに捧げるべきだ。お前には他の誰かと誓約を交わす権利はない。言葉を間違って使えば罪を犯すことになる。お前の英知はさらに大きく育つだろう。お前は理想的な生徒として抜きん出るだろう。常に舌を制御するようにしなさい。決して舌が逆上して暴走するのを許してはいけないよ」

 

 フィリップ・シドニーは父親の助言に従い、傑出した人物となりました。

※フィリップ・シドニー:(1554~1586)

 英国の詩人・政治家・軍人。文武にすぐれ、ルネッサンスの理想的人物像の典型とされた。〔デジタル大辞泉より〕

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​すべての行動には反動がある

 プレームチャンドは、ヒンディー語の文学と言語において、高い評価を得ている作家です。彼の二人の息子たちは、アラーハーバード〔インド北部ウッタラ・プラデーシュ州の州都、別名プラヤーグ〕の学校に通っていましたが、プレームチャンド夫妻はアラーハーバードの北にある小さな町に住んでいました。ある日、プレームチャンドと妻は、他の町を訪れるために汽車に乗って南方面へ行かなければならなくなり、途中でアラーハーバードを通ることになりました。プレームチャンドは息子たちに手紙を書いて、その日に駅へ会いに来るようにと伝えました。

 汽車がアラーハーバードの駅に止まり、両親は客車のドアの前に立ちました。二人の息子は急いでこちらにやって来ました。兄のほうは、両親に話しかける前に両親の足に触れました。他方、弟は何もせずにいきなり話し始めました。両親は兄弟の健康状態や勉強について尋ねました。二人はすべて順調であると答えました。汽車が発車する寸前、兄はもう一度、屈んで両親の足に触れました。一方、弟のほうはただ手を振っただけでした。

 プレームチャンドの妻は、息子たちについて話しながら二人に会えたことをとても喜んでいました。驚いたことに、夫はいつになくむっつりして、かなり不機嫌な様子でした。妻は尋ねました。

 「あなた、いったいどうなさったの?喜んでいるのかと思ったら、急に深刻な様子で無口になってしまったりして」。

 

プレームチャンドは答えました。

 

 「お前はきちんと見ていなかったようだね。お前はあの次男の振る舞いに満足したのかい?」

 「まあ! どうしたって言うの? あの子には何もおかしなところなどなかったわ。あの子はまだ幼くて、楽しいことがいっぱいで浮かれているのよ」

 「いや、それは違う」と、プレームチャンドは言いました。

 「兄のほうは私たちの足に二度も触れてうやうやしく敬意を払っていた。だが、弟のほうは兄と同じことをしようとは露ほども考えていなかった!」

 「なぜそんなことを深刻に受け取るの?」と、妻は言いました。「要するに、あの子はまだ幼いから、あんなに大勢の人の前で私たちの足に触れるのが恥ずかしかったのよ。心の中ではきっと敬意を払っていたに違いないわ。時が経てば、あの子も学んで成長しますよ」

しかし、プレームチャンドは妥協できず、こう言いました。

 「愛しい妻よ、良い習慣はその人の本来の性質や心の傾向を明らかにするものだ。子供たちは、幼少期から良い習慣を身につけなくてはいけない。ああいった身のこなしは、おのずと現れるべきなのだ。次男の将来に何が待ち受けているか、私にはわからない」

 父親の言葉は真実であることが証明されました。やがて時を経て、兄は勤勉さと良い習慣という美徳によって学位試験に合格し、ロンドンで法廷弁護士の資格を取りました。その後、兄はインドに帰国し、ほんの2、3年だけ弁護士の仕事をした後、すぐにアラーハーバード裁判所の裁判官になったのです。兄は、その礼節をわきまえた態度や話し方ゆえに大変尊敬されました。弟のほうは、まるで軽率でうまくやってゆけず、志半ばで学業を中断せざるを得ませんでした。弟はアラーハーバード裁判所の事務員になりました。兄が皆からお辞儀〔挨拶〕をされる一方で、弟は皆に自分からお辞儀〔挨拶〕をしなければなりませんでした。

 この話の教訓とは何でしょう?人格は運命です。現在の私たちの一挙手一投足が、将来、私たち自身に反動としてはね返ってくるのです。

※ムンシー・プレームチャンド(1880-1936)

 インド文学のフィクションにおけるリアリズム(写実主義)の先駆者であり、近代ヒンディー語、ウルドゥー語のインドを代表する小説家・脚本家。

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​師と弟子​​

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 ラーマクリシュナ・パラマハムサは、彼のアシュラム〔修道場〕に4、5人の弟子を持っていました。弟子たちは毎日、食料や花や衣類、その他の必需品を買うために交代でカルカッタ〔コルカタ:インド西ベンガル州の州都〕へ出かけたものでした。カルカッタへ行くには、渡し船で川を渡らなければなりませんでした。

 

 ある日、ブラフマーナンダ〔ラーマクリシュナの弟子〕がカルカッタへ行く番になりました。ブラフマーナンダは船に乗り、静かに隅のほうに立っていました。船の中には数人の乗客がいました。サンニャースィン〔行者〕を日頃から軽蔑していたある男が、ブラフマーナンダに向かって言いました。「あいつを見てみろ。なんとたくましくて強そうなんだ。しかし、それが何の役に立つ? あいつは何の仕事もせずに、ただ食べて寝ているだけだ。あいつのアシュラムには、あんな奴がごろごろしている。若者たちを甘やかすあのグル〔ラーマクリシュナ〕のせいだよ」。すると、そこにいた人々が一斉に声をあげて叫びました。「そうだ!そうだ!あいつらも誰の役にも立たない役立たずどもだ」。それを聞いて、ブラフマーナンダの心は傷つき、苦痛を覚えました。「私たちの師について、彼らが一体何を知っていると言うのだろう?」と、ブラフマーナンダは思いました。彼は静かにその侮辱に耐えました。ブラフマーナンダは生まれつき内気な性格だったため、言い返したり、やり返したりすることはできなかったのです。

 夕暮れ時になり、ブラフマーナンダは買った物を持ってアシュラムに戻りました。ラーマクリシュナは、外の世界での経験について弟子たちに詳しく尋ねるのが日課でした。そうすれば、弟子たちの外界での振る舞いが分かるからです。ラーマクリシュナはブラフマーナンダに尋ねました。「さて、今日はどんなことがあったかね?」ブラフマーナンダは率直にその日の出来事をすべて話しました。ラーマクリシュナは怒りました。「何だと!お前は自分の師の悪口を言われたのに黙っていたのか? お前はきちんと言い返すべきだった。このアシュラムにお前のような者の居場所はない」

 

 ヴィヴェーカーナンダは、ブラフマーナンダの話から師の叱責までの一部始終を聞いていました。

 

 翌日は、ヴィヴェーカーナンダがカルカッタへ行く番でした。彼は渡し船に乗り、そこにいる人々の顔を注意深くうかがっていました。昨日、ラーマクリシュナを侮辱したのと同じ紳士が、ヴィヴェーカーナンダを指差して言いました。「ここにもう1人のパラサイト〔寄生者〕がいるぞ。こいつらは皆、あの無学なバラモン僧を崇拝しているんだ。なんと愚かな若者たちだろう」。ヴィヴェーカーナンダはその男に近づき、右手を高くあげて言いました。

 「我々の師に逆らうようなことをもう一言でも口にすれば、お前を川に投げ込んでやる。気をつけろ!」。それを聞いた船頭は恐くなり、その男にもう何も言わないよう忠告し、男の耳元でささやきました。「あの若者は、きっと本気で言ったことをやるぞ。気をつけないと皆がトラブルに巻き込まれる」

 その夜、ヴィヴェーカーナンダは師の前に呼ばれました。ラーマクリシュナは、「さて、何か変わったことはあったかね?」と尋ねました。ヴィヴェーカーナンダはたいそう興奮して、その日の出来事をまくし立てました。「何だと!」と、ラーマクリシュナは叫びました。「お前はサンニャースィンの衣をまとっていながら、サンニャースィンとして振る舞っていない。よくもそんな短気を起こしたもんだよ。このアシュラムにお前のような者の居場所はない」。ヴィヴェーカーナンダは師の足元にひれ伏して言いました。「師よ!あなたは昨日、ブラフマーナンダが言い返さなかったことをお叱りになりませんでしたか? 私が敬けんな弟子として自らの務めを果たしたのに、なぜお怒りになるのでしょうか? どうかご教示ください」。ラーマクリシュナはヴィヴェーカーナンダの背中を優しく叩いて言いました。

 「愛する息子よ、あの助言は、ブラフマーナンダのように臆病で内気な者のためにあるのだ。ブラフマーナンダはもっと勇ましくなければいけない。お前に関しては、威勢がよすぎる。お前はもう少しおとなしく、穏やかになるべきだ。自分の弟子に、それぞれの性質と気質に応じた助言を与えるのはすべてのグルの務めだ。私は、お前にもブラフマーナンダにも、少しも怒ってなどいないのだよ」

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​実践と説教​

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 ラーマクリシュナ・パラマハムサは理想的なグル〔霊性の師〕でした。彼が、何事も決して自分が実践する前に説教しなかったことを物語る、興味深いエピソードがあります。
 

 ある日、1人の老女が10歳になる孫息子を連れて、ラーマクリシュナ・パラマハムサのところにやって来ました。老女はラーマクリシュナの前にひれ伏すと、こう言いました。

 

 「師よ! 私は、あなたの助言を求めに参りました。この子は私の孫息子です。この子は、まだ幼い5歳の時に父親と母親を亡くしました。それ以来、ずっと私が面倒を見てきたのです。この子は甘いものが大好きです。あまりにもたくさん食べるため、日に日に健康を害しております。医者たちは皆、この子に甘いものを控えるよう助言するのですが、聞く耳を持ちません。でも、この子はあなたをたいそう慕い、尊敬しております。ですから、私はこの子に甘いものを食べるのを止めさせてほしくてここへ来たのです。それができるのはあなただけです」。

 

 ラーマクリシュナは、言いました。  

 

 「お母さん、心配いらないよ。1カ月後にまた孫息子を連れて来なさい。その間に、健康は人間にとって非常に大切であること、お金よりもずっと大切であることを、この子に納得させるにはどうすれば良いかを考えておこう」。

 

 老女はラーマクリシュナに礼を言って帰っていきました。

 きっちり1カ月後に、老女は孫息子を連れてやって来ました。2人は師に挨拶をしました。ラーマクリシュナは、少年を自分のそばに座らせて言いました。「可愛い少年よ!覚えておくがいい。人間の真の豊かさとは健康だ。自分の健康にきちんと気をつけない限り、強くて健康な若者にはなれない。もし君が弱々しかったら、君は人生で何一つ偉大なことを成し遂げることはできないだろう。食べたものが自分の健康状態にふさわしくなければ、それを食べるのをあきらめなくてはいけない。明日から甘いものを食べるんじゃないよ。しばらくしたら、節度を守って食べてもかまわない。君は良い子だから、私の言うことが聞けるだろうね?」 

 

 少年はうなずいて、甘いものは食べないと約束しました。

 

 老女はラーマクリシュナに確認したいことがあったので、少年を使いに行かせました。「師よ! 一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」と老女は言いました。「もちろんだとも、お母さん」とラーマクリシュナは答えました。「師よ!あなたが今日、孫に与えてくださった助言は、先月与えることもできたのではありませんか?なぜ1カ月後にまた来るようにおっしゃったのですか?私には理解できません」。

 

 ラーマクリシュナは、その質問が分かっていたかのように笑みを浮かべて答えました。「お母さん、私自身が甘いものをたくさん食べていたのだよ。自分ができていないことを、あの子にするよう助言することなどできるかね? 人には、自分が実践する前に他人に何かを説教する権利はない。だから、しばらく待ってくれるようお願いしたのだ。この1カ月間、私は甘いものを食べなかった。だから、こうして今、あなたの孫息子に助言する権利を手に入れたのだよ」。

 老女はラーマクリシュナの正しい振る舞いに驚嘆しました。彼女は師の足元にひれ伏して、いとま乞いをしました。

 

 自分自身が実践していないことは、決して誰にも、どんなことも、助言すべきではありません。

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​サマルタ・ラームダース

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 マハーラーシュトラのアウランガーバード地区のバーダルという場所で、神への信仰心がとても篤いある夫婦に息子が生まれました。その子はナーラーヤナと名付けられました。ナーラーヤナは腕白な少年に育ち、勉強もせずに他の子供たちと喧嘩(けんか)ばかりしていました。ナーラーヤナが8歳になった時、父親が亡くなりました。母親のラマー デーヴィーは、やんちゃな不良少年の息子が手に負えなくなってしまいました。親戚や近所の人たちは、責任感のある良い人間になるようにナーラーヤナを結婚させた方が良いだろうと助言しました。少年はまだほんの13歳であり、結婚するには若すぎたのですが、母親は他の人たちに説得され、息子の結婚を取り決めました。結婚式では、広く行われていた慣習に従って、花嫁と花婿の間に厚い布の仕切り幕が下ろされていました。プローヒト〔僧侶〕が花嫁の首に結ぶマンガラ スートラ(神聖で縁起の良い婚姻のためのより糸)を花婿に手渡すため、その幕を取り外しました。すると、びっくり! 花婿は、誰にも気付かれずにその幕の裏から姿を消してしまっていたのです。人々はそこら中を探し回りましたが、花婿は見つかりません。そのため結婚式を挙げることはできませんでした。

 

 結婚式の会場から逃げ出した少年、ナーラーヤナは、最終的に聖なるゴーダーヴァリー川の水源の近くにある、ナーシクという場所にたどり着きました。

 そこでしばらく過ごした後、彼は近くのチットラクータと呼ばれる山へ向かいました。この山は、シュリ ラーマが12年近く住んでいたため、神聖な山と見なされていました。その山で、少年はパンチャヴァティーというとても美しい土地を見つけました。少年はシュリ ラーマが王国の追放期間に滞在していたその神聖な土地の雄大な景色に魅了されました。少年は絶えずシュリ ラーマの憶念に没頭しました。一体この腕白な少年が敬けんな若者に変容した原因は何だったのでしょうか? 突然、結婚生活の重責を負わされかねない窮地に立たされたショックから、隠れていた良いサムスカーラ(過去から積み重ねられてきた性向)が目覚めたという事実はさておき、ナーシクへ向かう道中で、少年は有名なハヌマーン寺院に立ち寄って、ハヌマーンの名声を高めた崇高な性質のすべてを自分に授けてください、と心の底から神に祈ったのです。するとご神像から自分の方に流れてくる穏やかな霊的バイブレーション〔エネルギー〕の気配がして、少年は神が自分の祈りに応えてくれたことを実感しました。

 12年間に及ぶパンチャヴァティーでの厳しい苦行の末、ついにナーラーヤナはハヌマーンが得たのと同じように、シュリ ラーマの3つの悟りを開きました。

 1つ目の悟りは、肉体意識がある時はラーマが主人であり自分は召使い〔二元論〕であるということ。

 2つ目の悟りは、自分がジーヴァ(個人の魂)であると意識した時、自分はラーマの一部(条件付き不二一元論)であるということ。

 3つ目の悟りは、自分がアートマ〔真我〕であると意識した時、自分とラーマは1つ(不二一元論)であるということです。

 この悟りを得た後、彼はパンチャヴァティーからナーシクに戻りました。ナーシクで、ナーラーヤナは国が深刻な食糧不足に陥っていることを知りました。そして、自国の人々が飢饉(ききん)に苦しんでいる時に、自分自身の解脱のことだけを考えて時を過ごすのは、実に身勝手なことだと内省しはじめました。そこで彼は「ディル・メー・ラーム、ハト・メー・カーム」(ハートにラーマを、手には仕事を)というスローガン〔標語〕を作り、自分のエネルギーと熱意のすべてを注いで社会奉仕に身を投じました。彼自身と献身的な仕事仲間たちに「マーナヴァ・セヴァ(人への奉仕)はマーダヴァ・セヴァ(神への奉仕)」、「グラーマ・セヴァ(村への奉仕)はラーマ・セヴァ(ラーマへの奉仕)」といった座右の銘を掲げたのです。ナーラーヤナは、自分のハートという湖をラームナーム(ラーマの御名)という聖水で満たしました。その水は、両手という蛇口から流れ出て、その国の大勢の人々の乾きを癒しました。

 

 こうして村から村へと奉仕活動を続けながら渡り歩き、ラーマの御名を唱えながら、ナーラーヤナはついにインド半島南端にあるラーメーシュワラム〔聖地〕に到着しました。そこから彼は、巡礼の中心地であるティルパティ(彼がヴィシュヌ神であるヴェーンカテーシュワラ神のダルシャンを受けた場所)とハンピ(彼がシヴァ神であるヴィルーパークシャ神を礼拝した場所)を訪れました。最後にナーラーヤナはナーシクへ戻りました。

 

 その道すがら、ナーラーヤナは聖者トゥッカーラームに出会いました。トゥッカーラームはラーマの栄光をとても美しい旋律で歌っていたため、マハーラーシュトラの統治者であったシヴァージーを含め、非常に大勢の人々が彼の歌声に魅了されました。シヴァージーはトゥッカーラームの歌を聴いて、自分は王国を捨て、心の底から霊性の道の探求にすべてを捧げる決意をした、とトゥッカーラームに告げました。トゥッカーラームはシヴァージーの霊性に対する狭い見識をいさめ、義務は神であり仕事は礼拝であると考えよ、と熱心に説き勧めました。そこで、シヴァージーはトゥッカーラームにイニシエーション〔霊性の手ほどき〕を授けてほしいと懇願しました。トゥッカーラームはそれを断り、「そなたの師は私ではなくラームダースだ。イニシエーションはラームダースからのみ受けるべきである」と言いました。すっかり落胆したシヴァージーは、自分の都へ帰って行きました。

 

 ラームダースと呼ばれるようになったナーラーヤナがナーシクにいることを知ったシヴァージーは、大臣や高官たちを送り、極めて優れた人物にふさわしい音楽隊やその他の伝統的な儀礼を尽くして、ラームダースを王宮に招待しました。ラームダースが到着すると、シヴァージーは十分な尊敬と崇拝をもって歓迎し、ラームダースが王宮に滞在する支度を整えました。そして、ラームダースの御足を洗った後、その聖水を自分の頭に振りかけ、心の底から謙虚に服従しました。「おお、敬愛する師よ! 今この瞬間からこの王国はあなたのものです。そして、我が身もあなたのものです」。するとラームダースは即座に返しました。「わが息子よ、私はすべてを放棄して禁欲生活を送る苦行者だ。私には、そなたの限りある王国を手にする権利もなければ、そうしたいという願望もない。神の王国は無限である。私の人生の目標は、すべての人がその無限の神の王国へたどり着くのを助けることなのだ。それゆえ私はそなたの王国など欲しくない。たった今、そなたが差し出したこの王国の統治者として、私はそなたを王に任命しよう。これから先、そなたは一風変わった王になるのだ。この王国の真の支配者は神であり、そなたは神の道具、もしくは神の代りに王国の統治を任された管理人にすぎない、と考えよ」

 

 ラームダースは数多くの素晴らしい物事を行う卓越した能力を持っていたため、彼の名はサマルタ・ラームダースとして知られるようになりました。サマルタという名称は、「多才な技能を持つ者」という意味です。彼の人生の中のあるエピソードは、なぜ「サマルタ」という称号が彼に授けられたのかを物語っています。

 

 ラームダースは、よくコーダンダパニ(弓矢で武装したラーマ)のような格好をしてあちこち歩き回っていました。ある日、その格好でゴーダーヴァリー川の岸辺を歩いていると、沐浴をしていたブラフミン〔僧侶階級の人〕たちが、ラームダースに、コヤ族(山間部族に属する狩人たち)の集落の者かどうかを尋ねてきました。ラームダースは、自分はラームダース(ラーマの召し使い)であってコヤの者ではない、と答えました。するとブラフミンたちは、もし彼がただのラーマの召し使いであるのなら、なぜラーマのような格好をして弓矢を身に付けているのかと尋ねました。ブラフミンたちは次のように言ってラームダースを問い詰めました。「ただ見かけだけコーダンダーパニを真似ることに何の意味があるのか? おまえはラーマのように弓矢を扱う能力があるのか?」と。ちょうどその時、彼らの頭上のとても空高いところを一羽の鳥がすばやく飛んで横切ろうとしていました。ブラフミンたちはその鳥を指差して、ラームダースに「おまえはあれを射抜くことができるのか?」と尋ねました。ラーマの御名を口にしながら、ラームダースが即座に飛んでいる鳥めがけて1本の矢を放つと、鳥は真っ逆さまにブラフミンたちの目の前に落ちてきました。その死んだ鳥を見て、彼らは次のように言ってラームダースを責めました。「おまえには思いと言葉と行動の一致がない。それゆえ、おまえはドゥラータマ(邪悪な人)だ。ラーマの御名を唱えながら、おまえは己の技を見せびらかすために罪のない鳥を殺生するという罪を犯した」

 

 自分はただあなた方の示唆に従って鳥を撃っただけです、とラームダースが返答すると、ブラフミンたちは次のように言って抗議しました。「もし我々がおまえに草を食べろと言えば、おまえはそうするのか? おまえには自分自身の考えや識別力というものがないのか?」

 

 そこで、ラームダースは穏やかに答えました。「お坊さま方、過去は過ぎ去りました。今、私がどうすれば良いのか教えていただけませんか?」。ブラフミンたちは、彼に罪を悔い改めるようにと言いました。ラームダースはすぐに目を閉じて、心の底から神に祈り、自分の罪を悔い改め、神の許しを乞いました。それからラームダースは目を開けると、ブラフミンたちに指摘しました。罪を悔い改めたにもかかわらず、死んだ鳥は生き返らなかったと。ブラフミンたちは、とがめるように言いました。「おまえはなんと無鉄砲なやつなんだ! 悔い改めたからといって、おまえのしたことが帳消しになるはずがなかろう。悔い改めるということは、この先、二度と同じ過ちを繰り返さないよう覚悟することなのだ」。「恐れながら、私の見解ではそれは『悔い改め』ではありません」とラームダースは反撃しました。「神と神の御名の力はとてつもなく強いため、もし私たちが心の底から祈るなら、神の恩寵はその鳥を生き返らせることができます」。そう言いながらラームダースは死んだ鳥を拾い上げ、胸に抱きしめ、頬を伝う涙を流しながら心を込めて祈りました。「おお、ラーマ!もし私が心とハートと魂のすべてを込めてあなたの御名を唱えてきたのであれば、もし私がこの鳥を殺そうと意図したのではなく、無知ゆえに殺してしまったのであれば、どうかあなたの恩寵により、この死んだ鳥を生き返らせるか、さもなければ、この鳥の命と共に私の命も取り去ってください」。ラームダースが祈りを終えると、彼の手の中で鳥が羽ばたきしました。それから、ラームダースは目を開けて、全能の神に感謝の祈りを捧げ、その鳥を大空へ放ちました。

 

 この奇跡にびっくり仰天したブラフミンたちは、声をそろえて叫びました。「畏れ多きお方よ、あなた様の偉大さに気付かなかった我々をお許しください。あなた様が一本の矢で飛んでいる鳥を撃ち殺す能力を持ち、その死んだ鳥を生き返らせる能力をお持ちなのであれば、これから先、あなた様は自らにふさわしい『サマルタ・ラームダース』という名で知られるようになるでしょう」

 

 その後、ラームダースはパンダリプラムを訪れ、そこで、理想的な親孝行の方法を目(ま)の当たりにしました。プンダリカという名のある男が、自分の両親に対する奉仕を終わらせるまでの間、パーンドゥランガ神本人を自宅の前で一対(2個)のレンガの上に立って待たせたまま、本当の神に対するように自分の両親に先に奉仕をしたのです。

 

 それから、ラームダースはシヴァージーの許を訪れ、シヴァージーが王としての務めを果たすのを導く3つの物を授けました。1つ目はココナッツでした。それは、ココナッツを買う目的が固い殻の中の乳白色の実を食べることにあるのと同様に、王国を所有し統治する目的は、王自身がサットウィックな(純粋な)生活を送り、その浄性の資質が国中に広まるのを確かなものにすることだと覚えておくためでした。2つ目は一握りの土でした。それは、王と王を通して彼の臣民が、母国であるバーラタの神聖さを思い出せるようにするためでした。3つ目は一対のレンガでした。それは、レンガが住人の安全を守り、家を建てるために使われるのと同様に、王は人々を守り、人々の幸福と発展を促すために自分の権力を使うべきであることの象徴でした。

 

 この時、ラームダースの心に両親に献身的に仕えていたパンダリプラムでのプンダリカの姿がよみがえり、年老いた自分の母親に仕えたくなった彼は、急いで故郷の家に帰りました。ラームダースが家に着いた時、彼は長いあごひげを生やし、見慣れぬ服装をしていたため、母親にはそれが自分の息子であることが分かりませんでした。ラームダースは、自分は息子のナーラーヤナであり、世間ではサマルタ・ラームダースとして知られている、と告げました。それを聞くやいなや母親はとても喜んで叫びました。「ああ、最愛の息子よ、ラームダースの噂はたくさん聞いていました。長い間ずっとそのお方に会いたいと思っていたのです。けれど、それが私の息子、ナーラーヤナの有名になった名前だとは知りませんでした。あなたのことをとても誇らしく思います。このような偉大なお方の母親にしてくださった神様に感謝します。私は人生の目的を果たしました」。そう言って、母親は息子の膝の上で最期の息を引き取りました。

 

 ラームダースは、定められた通りに母親の葬儀を執り行いました。それからまもなく、西暦1680年(西暦1674年にラームダースがシヴァージーを王に任命してからほんの6年後)に、ラームダースはシヴァージー王が逝去したことを知りました。ラームダースはシヴァージーの都を訪れ、シヴァージーの息子を王に任命して、気高い父親の跡を継いで王国を統治するよう祝福したということです。

※サマルタ・ラームダース(1608 - 1681)

シヴァージーの師であった聖者。詩人。西インドのマラーター(現在のマハーラーシュトラ州)出身。クリシュナ川でラーマ像を発見した。税金を使ってラーマ寺院を再興したため投獄されたバクタ・ラーマダース(1620 - 1680)とは別人。

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​純粋さ・忍耐・根気​

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 ある霊性修行者が賢者の許へ行き、マントラを授けてほしいと願い出ました。賢者は、もしその弟子が12年間自分に仕え、自分の命じるすべてに従うなら、メッセージ〔ご神託〕を授けようと言いました。弟子はそれに同意し、12年間、献身的に師に仕えました。12年が過ぎて、賢者は自らの死期が迫っているのを感じたため、自分が死ぬ前にマントラを記せるよう、オウギ椰子の葉っぱを持ってくるよう弟子に命じました。弟子はオウギ椰子の葉っぱを探しに出かけましたが、彼が戻って来る前に師は亡くなってしまいました。その場に居合わせた少年から聞いた話では、賢者は死ぬ前に砂床に何かを書いたのですが、ある女性がそれを書き写し、砂床の文字を消してしまったとのことでした。弟子がその女性を探しに行くと、彼女はロバを何頭か飼っていました。その女性が言うには、砂上で見つけた文字を椰子の葉に記して筒状に丸め、自分の耳たぶに付けているとのことでした。砂上に書かれていたのは若者のために記されたマントラであり、そのマントラのために彼が賢者に12年間も忠実に奉仕したことを知った女性は、もし若者が彼女に12年間誠実に奉仕をするなら、マントラが書かれた椰子の葉を渡そうと言いました。弟子は、たとえどんな犠牲を払ってでもそのマントラを手に入れる決意をしていたので、彼女に奉仕することを承諾しました。

 若者はロバの世話をし、女性から与えられる食べ物で暮らしながら、何年も彼女に仕えました。ある日、若者は女性から食べ物をもらえなかったので、食べ物を探しに出かけました。その頃、その地域の王が長い間貧しい人々に食べ物を施していると聞いた若者は、炊き出しの場所へ行けば食べ物をもらえるだろうと考えました。そこへ行ってみると、王がその日から炊き出しを中止したことがわかりました。というのも、施しは王が期待していたような結果をもたらさなかったからです。王が貧しい人々に施しを始めたのは、施した食べ物を真に信仰の篤い人が食べれば息子を授かるであろう、という師のアドバイスに従ったからでした。王宮には鐘が置かれていて、その鐘がひとりでに鳴れば、信仰の篤い人が王の食べ物を食べた合図になるはずでした。しかし、長い間、施しをしても一向に鐘が鳴らなかったため、王は炊き出しを中止することに決めました。

 

 若い弟子が炊き出しの場所に行ったのはちょうどその日でした。食事を調理するために使われた容器は、すべて洗うために川へ持って行かれた後でした。それを知った若者は、容器からこすり落とした食べ物の欠片(かけら)でもないだろうかと、川岸へ急ぎました。若者は川岸で食べ物の欠片を見つけ、それを食べ始めました。まさにその瞬間、王宮の鐘がひとりでに鳴りだしました。

 

 鐘の音を聞いてたいそう驚いた王は、食べ物を食べて鐘を鳴らした者が誰なのかを突き止めるため、すぐに使者たちを送りました。方々を尋ね回ったあげく、使者たちは川にいた若者を見つけ出し、王の許へ連れていきました。王はその若者を一目見たとたん大喜びしました。というのも、もうすぐ息子を授かると感じたからでした。王は、王国の半分をその若者に授けることを申し出て、王宮で一緒に暮らすよう若者を招きました。若者は王にすべてのいきさつを話し、自分は王国や他のものに興味はなく、ただグル〔霊性の師〕から授かったマントラだけが欲しいこと、そのマントラはロバを飼っている女性が持っていることを伝えました。そして、その女性が付けている椰子の葉の耳飾りを手に入れたいのだが、無理強いはしたくないのだ、と言いました。

 

 王は使者を送ってその女性を見つけ出し、女性が王の前に連れて来られました。彼女がロープの上で芸当をする曲芸師だと知った王は、懐妊中の王妃の面前でその芸を披露してほしいと頼みました。女性がロープの上で踊っていると、王はその女性に、ロープの上で踊りながら王が投げる2個のダイヤモンドの耳飾りを受け止め、耳に付けることはできるかと尋ねました。彼女は喜んで引き受けました。王はキラキラ輝くダイヤモンドの耳飾りを彼女に向かって投げました。それを両手で受け止めた女性は、耳に付けていた椰子の葉の耳飾りを外して下に放り投げ、代わりにダイヤモンドの耳飾りを付けました。

 椰子の葉の耳飾りが下に落ちてきた時、若者はそれをめがけて走り寄り、そこに記されたメッセージを万感の思いを込めて読みました。そのマントラを読み終えるやいなや、若者は即時の悟りを得て、その後、解脱しました。

 

 霊性修行者は、ゴールに到達するためならば、いかなる犠牲をも払う決意と覚悟を持たなければなりません。

12月

​グルへの忠誠心

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 古代のインドにガウタマという聖仙がいました。ガウタマには、彼のもとで学ぶ大勢の弟子たちがいました。ある日、ガウタマはすべての弟子を呼んで、言いました。

 「私の可愛い子供たちよ! おまえたちも知ってのとおり、この地域一帯は深刻な干ばつに見舞われて一向によくなる兆しがない。私は草庵の牛たちが気がかりでならない。牛たちはすでに、とても痩せて弱ってしまっている。これらのもの言えぬ生き物たちが苦しんでいる姿は見るに忍びない。牛たちを広大な牧草地とたくさんの水がある、遠い場所へ連れて行かねばならないと思うのだ。おまえたちの中の誰か一人がこの仕事を引き受けてくれれば、私はとても嬉しい。この災害が収まれば、また牛たちを連れて戻ってくればよいだろう」

 多くの弟子たちは、師に自分の本当の気持ちを悟られないよう、ただ下を向くばかりでした。師の視線を避けるために、他の者の陰にかくれる弟子もいました。

 

 サティヤカーマ〔「真理を愛する者」の意〕という名の一人の弟子が立ち上がり、師にうやうやしく頭を下げて言いました。「先生、私が牛たちを引き受けましょう。ご心配には及びません」。多くの弟子は、彼がそのような危険な仕事をすることを思い留まらせようとしました。弟子たちは忠告しました。「ああ! 君は快適な草庵の生活から遠く離れて、荒野でたった一人きりになるのだよ。きちんとした食べ物さえ見つからないかもしれない」。サティヤカーマは答えました。「愛しい友人諸君、僕たちの先生が幸運を祈ってくださるのだから、きっと僕は十分な安全と食べ物に恵まれると確信している。それに、牛たちが一緒にいてくれるから、僕は一人きりにはならないよ」

 ガウタマは、大勢の弟子たちの中の一人だけでも、師への奉仕としてその仕事を引き受けてくれる者がいたことを喜びました。ガウタマはサティヤカーマを祝福して言いました。

 「400頭の牛を連れて行きなさい。牛が全部で千頭に増えたら戻ってくるのだよ」

 サティヤカーマは牛たちを従え、うっとりするような美しい谷にたどり着きました。毎日、彼は朝早く起きて沐浴で体を清め、太陽神にひれ伏して礼拝し、祈りの言葉を唱えました。牛たちの世話をしている時は、歩いている時も座っている時も、常に神の御名を唱えたものでした。サティヤカーマは愛情を込めて牛たちの世話をしました。『ゴー・セヴァ』(牛への奉仕)を『グル・セヴァ』(師への奉仕)だと思っていたからです。サティヤカーマは、決して孤独な生活の中で思い悩んだり、不安になったりしませんでした。牛の数を数えることも気に留めていませんでした。

 

 ある日、朝の儀式が終わった後、サティヤカーマが木の下に座っていると、神々の長(おさ)であるインドラ神が目の前に現れて、こう言いました。「私の可愛い息子よ! 牛の群れが全部で千頭になったことに気づかなかったのかね? もうそなたは師の草庵に戻ることができるのだよ。私が一緒について行ってあげよう。さあ、出発だ」

 サティヤカーマはインドラにひれ伏して、草庵に戻る時が来たことをインドラが教えてくれたことに感謝しました。サティヤカーマとインドラは、4つの夜を4つの異なる場所で過ごさなければなりませんでした。毎朝、サティヤカーマは1つのヴェーダの真髄を教わりました。こうして、彼は師の草庵にたどり着くまでに4つのヴェーダのすべてを修得しました。ヴェーダの知識によって啓発されたおかげで、サティヤカーマの顔には不思議な光輝が放たれました。それは、彼が天上の主〔インドラ〕の祝福を受けた証拠でした。サティヤカーマが悟りを開いたのを見届けると、インドラ神はその若者に恩寵を降り注いで、姿を消してしまいました。

 サティヤカーマは、千頭の牛を連れてグルの草庵に戻りました。彼はグルと仲間たちから熱烈な歓迎を受けました。サティヤカーマが師の足もとにひざまずくと、ガウタマ仙は彼を抱きしめて言いました。

 

 「わかっている。おまえは今や4つのヴェーダを修得した偉大な学者だ。わが息子よ、おまえはそれを受けるに値する」

 

 サティヤカーマは、ただ自分のグル〔師〕に対する愛と忠誠心ゆえに、天上の主であるインドラ神を喜ばせることができたのでした。

11月

​グル ダクシナー
〔師への謝礼〕

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 これは、クリシュナとバララーマが偉大な聖者であるサーンディーパニのもとで学んでいた頃のことです。二人は理想的な生徒として振る舞い、尊敬と畏怖の念を持ってグル〔師〕に仕えていました。さらに、二人はこの聖者に対する愛情と忠誠心も欠けていませんでした。

 

 ある日、クリシュナは師のもとを訪れて言いました。 

 

 「ああ、賢明なお方よ! 私たちがあなたとお話ししていると、時折、あなたの目は涙であふれることがあります。この悲しみには何か深い訳があるはずです。その理由を教えてください。師の心〔ハート〕に喜びを取り戻すことよりも気高い、価値ある奉仕の行為などありえません。どうかためらったり、疑ったりしないでください」

 

 サーンディーパニは二人の兄弟を近くに引き寄せ、自分のそばに座らせて言いました。

 「子供らよ、おまえたちがこのアシュラム〔修道場〕にいるだけで、私はとても嬉しく思っている。私は、死んでしまった息子のことを思い出していたのだ‥‥」。そう告げると、サーンディーパニは泣き崩れました。バララーマは、師の足もとにひざまずいて言いました。

 

 「グルジ、教えてください。ご子息に何が起こり、今、彼はどこにいるのですか? 私たちがきっとご子息をあなたのもとに連れ戻します」

 「子供らよ、何年もの長いタパス(苦行)の末、私はようやく息子に恵まれた。私はとても気を配って息子を愛情深く育てていた。ある日のこと、息子はプラバーサ・クシェートラに行き、海で聖なる沐浴をした。その沐浴の最中に溺れてしまったのだ。それ以来、私は慰めようもない悲しみに苦しめられてきた。しかし、おまえたちがアシュラムに来てからは大きな慰めと喜びを得た。おまえたちは善良で、謙虚で、規律をよく守った。私は寂しいのだ。というのも、1、2日中におまえたちはこのアシュラムを去らねばならないからだ。おまえたちは学ぶべきことをすべて学んだ。もうここには長くいられない。おまえたちが去ってしまえば、再び私は慰めようもない悲嘆に追い込まれることだろう」

 

 クリシュナは立ち上がり、両手を合わせたまま断固たる口調で言いました。

 「おお、最高の師よ! 私たちの師であるあなたに、私たちは感謝の念を捧げなければなりません。あなたは私たちに優れた科学と芸術を教えてくださいました。自分の師を喜ばせることは、私たちの義務(ダルマ)ではないでしょうか? 私たちは直ちにプラバーサ・クシェートラに向かい、ご子息を探してきましょう。ご子息を連れ戻すため、必要とあらば海を相手に戦い、死の神とさえ戦ってみせます。どうか私たちの旅路を祝福してください」。サーンディーパニは少年たちの試みが成功することを確信しました。彼らが普通の少年でないことがわかっていたからです。そこで、サーンディーパニは少年たちを祝福し、二人が冒険に向かうことを許可しました。

 

 バララーマとクリシュナは海へ急ぎました。岸辺に立つと、二人は有無を言わさぬ大声で叫びました。「海よ! 即刻、われらが師、サーンディーパニの息子を返すのだ。さもなければ、われわれが与える罰により、おまえは苦しむことになるぞ」。海はその言葉を聞いたとたん恐怖に震えました。海は忠誠心を表し、兄弟たちの前に現れました。海は兄弟の御足に触れて言いました。「お許しください、ああ、畏れ多き方々よ! それは私の過ちではございません。あの少年が沐浴していた時、運命が彼を引っ張り、海の深みに連れて行ってしまったのです。そうこうしている内に、洞窟に住む人食い鬼のパンチャジャナが少年を飲み込みました。これが真実です。解決はあなた方にお任せいたします」

 

 クリシュナは、この情報をくれた海にお礼を言うと、海の奥深くへ飛び込んで、人食い鬼の洞窟にたどり着きました。クリシュナは鬼の腹を引き裂きましたが、少年の亡骸(なきがら)を見つけることはできませんでした。鬼は少年を死の神に引き渡してしまっていたのです。

 

 クリシュナは、人食い鬼の胃の中に法螺貝(ほらがい)を見つけると、死の神の住処に向かいました。クリシュナは入口で法螺貝を吹き鳴らしました。死の神が兄弟の前に現れました。死の神はバララーマとクリシュナの兄弟を見て、丁重に尋ねました。 

  

 「なぜあなた方が私の住処においでになったのか、その理由を尋ねてもよろしいでしょうか?」。兄弟は、自分たちの師であるサーンディーパニの息子を連れてきて、自分たちの保護下に置くように命じました。ヤマ〔死の神〕は答えました。「それであなた方がお喜びになるのなら、もちろんそう致しましょう。手下どもが少年を連れてきて、あなた方にお引き渡し致します」。直ちに、クリシュナの手にサーンディーパニの息子が献上されました。バララーマとクリシュナは、少年を連れて師の草庵へ急ぎました。

 

 二人は師の息子を師に引き渡し、言いました。

 

 「これは、私たちのグル ダクシナー〔師への謝礼〕です。私たちのした行為をそのようにお受け取りください」。

 

 サーンディーパニ夫妻の喜びは筆舌に尽くし難いものでした。夫妻は二人の兄弟を祝福しました。サーンディーパニは、このような神の化身たちを弟子に持つという途方もない自分の幸運を思い、喜びの涙を流しました。

 

 アヴァター〔神の化身〕たちでさえ、師の偉大さを認識し、ウパニシャッドの教えである「アーチャーリヤ デーヴォー バヴァ(師を神のように崇めなさい)」という教えに従って、世にお手本を示したのです。

10月

​サイババと男子生徒

 かつて、算数がとても苦手な男子生徒がいました。試験の日がめぐって来たとき、生徒はサイ ババの寺院に行って、もし質問が簡単ですべての計算問題に正解することができたなら甘く料理したお米を5キロ捧げます、と誓いました。試験問題はその生徒の実力でも十分に解ける問題でした。生徒は2時間以内にすべての質問の答えを書き終えました。計算問題はすべて正しく解くことができました。その上、まだ1時間も余っていました。

 

 そこで、生徒は2、3枚の紙を取り出し、サイ ババに誓った捧げ物を準備するため、価格の付いた品目リストを作りました。ポケットの中には10ルピー紙幣が1枚入っていました。ところが、お米、砂糖、カシューナッツ、カルダモン、ギー〔バターオイルル〕、干しぶどうなどの価格を合計すると、約15ルピーも必要であることがわかりました! 生徒は2、3品目を取り消して、その分の量を減らしてみましたが、合計額はどうしても彼が支払える金額を超えていました。

 

 そこで、生徒は考えました。サイ ババには甘く料理したお米など必要ではなく、果物が2、3個あれば十分満足するはずだ、と。果物もかなり高価であることに気づきましたが、花はさほど高くありませんでした。しかし、生徒はギーターの中で神が、「私を喜ばせるにはパートラム(葉っぱ)、プシパム(花)、パラム(果物)、トーヤム(水)があれば十分である」と述べていたことを思い出しました。そのため、最終的には自宅の井戸から汲み上げたトーヤム(水)が、その日受けた神の恩寵に対する十分なお返しになるだろうと判断しました。生徒はうまい具合に自分が見たかった映画のために10ルピー紙幣を取っておくことができたのです。映画の料金を計算してみると、友達も1人連れていく余裕があることがわかり、嬉しくなりました。彼がこの幸せな結末にたどり着いたちょうどそのとき、試験監督が、試験時間が終わったので解答用紙を提出するように告げました。

 

 私たちの友〔その生徒〕は夢想から目覚め、あわててすべての品目の分量と価格を計算した方の紙を提出してしまいました。甘く料理したお米の捧げ物、果物や花、そして最後に映画の料金が書かれていたあの紙でした。自宅に帰ったとき、少年は自分が持ち帰った紙を見て、それが試験監督に渡すはずだった解答用紙であることに気がつき、頭の中が真っ白になりました! 

 

 すべては反応、反響、反射です。あなたが他人にしようと計画したことはあなた自身に跳ね返ってきます。神は、怒ったり復讐(ふくしゅう)したりしません。神は、この人生という演劇の永遠の目撃者です。あなたの邪悪な思いや行いを罰するのはあなた自身であり、あなたの善良な思いや行いに報いるのもあなた自身なのです。それが、偽りのない真理です。

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9月

アヨーディヤーを彼に​

 ラークシャサ(悪鬼/羅刹)の王子であり、大敵ラーヴァナの弟であるヴィビーシャナがラーマの陣営に逃れてきたとき、周りの者たちが反対したにもかかわらず、ラーマはヴィビーシャナを受け入れました。ラーマは言いました。

 

 「私は、私のもとへ避難してきた者はみんな受け入れる、という破ることのできない誓いを立てているのだ」

 ラーマはまた、ヴィビーシャナにもう一つの恩恵も授けました。ヴィビーシャナをランカーの皇帝に即位させ、彼の兄のラーヴァナは避けられない戦いにより王座と命の両方を失うであろうと断言したのです。これを聞いて、スグリーヴァ〔猿王〕は驚きを隠すことができませんでした。なぜなら、スグリーヴァはこう言ったからです。

 「主よ! もし明日ラーヴァナがこの陣営に来て降伏し、己れの悪行の許しを請うたとしても、あなたはラーヴァナからランカーとその王座を奪うことができるのですか?」 

 スグリーヴァが不安そうなのを見て、ラーマは微笑んで答えました。

 「私の言葉は必ず成就する。ヴィビーシャナは、何が起ころうともランカーの統治者になるだろう。もしラーヴァナが降伏してきたら、私はラーヴァナをアヨーディヤー〔ラーマの王国の都〕の王に即位させるつもりだ」

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8月

​マンゴー

 木になっているマンゴーの実がまだ青いうちは、舌触りがとても悪く、渋味があります。数週間後、実が大きくなった頃はとても酸っぱい味がします。しかし完全に熟すれば、果汁は甘くなり、よい風味にあふれ、おいしく食べることができます。

 

 人間もマンゴーのようなものです。渋い時期は初期のタマスの段階であり、惰性、不活性、鈍性の段階といえるでしょう。ですから、人は怠惰で満たされないよう用心していなければなりません。その先にある成就を夢見なければなりません。

 

 次に、人はマンゴーが酸っぱくなるラジャス〔激性〕の段階に達します。この時期は、他人を支配する力を楽しみます。人は精力的に感覚の好むものを追い求め、自分の所有物を自慢します。しかし、この段階でも警戒を怠らず、次第にそのような考えを持つのをやめて、自らの激情と偏見を抑制していかなければなりません。

 

 そうすれば、人はサットワ〔浄性〕タイプの、甘い果汁たっぷりの熟したマンゴーになることでしょう。

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7月

​水とミルク

 コップ1杯の水を、コップ100杯のミルクが入った器に注いでみてください。

あなたが注いだ水はミルクの特性を得て、ミルクとしての価値を持つようになります。

交わることによって良くなるのです!

 

 コップ1杯のミルクを、コップ100杯の水が入った器に注いでみてください。

ミルクはその健康を与え維持する特性を失い、水と同じくらい味気ないものになります!

 

 これが、私たちが交わる仲間から受け取る影響です。

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​そのままここに置いてください

 ある地方刑務所の監督官が、囚人を自分のオフィスに呼んで釈放命令を読み上げました。

監督官は、その囚人が自由の身になったので、30分以内に刑務所から出ていくように言いました。「出所するとき、おまえが持ってきたマットと鍋も一緒に持って出るんだぞ」

と、監督官は命じました。しかし、囚人は言いました。

 「それらは、そのままここに置いてください。きっと私はすぐ戻ってきますから」

 

 ほとんどの人は、このような心がけでいます。

彼らはこの地上の人生という獄舎から去ることを渋ります。

今生で十分なカルマ〔行為/業〕を積み重ね、また別の人生の終身刑を受けて、

即この世に戻って来ては、同じ経験を繰り返すのです。

6月

座者のいない玉座

 バラタとシャトルグナ、それに王妃たちが、大勢の市民や軍人を伴い、偉大な聖仙バラドワージャのアシュラムにたどり着いたとき、バラドワージャ仙は、ラーマとラクシュマナとシーターの三人はそう遠くない場所にいて、ラーマに心の目を向けた瞬間、彼らの悲しみは消え去るだろうと保証して、一行を慰めました。

 

 バラドワージャ仙は奇跡的な力であるシッディを使い、二人の王子と王妃たち、導師や学僧、大臣や将軍、それに市民や廷臣たちを、それぞれの身分にふさわしいやり方で盛大にもてなしました。すべてはバラドワージャ仙の意のままに、神秘的に、あり余るほどふんだんにもたらされました。

 

 客殿の準備が整ったとき、聖仙は全員を中へ招きました。その場所は驚くほど気品と美しさに満ちあふれていました。王家の導師は、鹿革でおおわれ見事にデザインされた高座に案内されました。王妃たちは、王室のゼナナ〔婦人部屋〕に似つかわしい、特別に囲われた場所に通されました。それから、利発そうな顔をした聖仙の弟子たちが、バラタとシャトルグナの兄弟を会場の中に連れてきました。若い苦行者たちはうやうやしく兄弟の両側に立つと、ヤク〔インドやネパールの高地に住む毛長牛〕の尻尾の小帚(こぼうき)であおぎながらヴェーダを唱えました。バラタとシャトルグナは、二人のために客殿の中央にしつらえられた獅子の座に歩み寄り、近くまで来ると、そこに座すべき目に見えない方々に敬意を表して床にひれ伏しました。それから、二人は傍(そば)にいた少年たちから小帚をもらい受けると、獅子の座に就くべき方々、すなわち“シーターとラーマ”をあおぎ始めました! 集まっていた一同は、王子たちの謙虚さと英知を目の当たりにし、喜びに満ちた感動に震えました。

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5月

​歓迎された呪い

パリークシット王は言いました。

 

 「私は狩りをしに森へ行った。たくさんの野生動物を発見したが、我々が近づくと動物たちはばらばらに逃げて行った。私が従えていた弓兵の一団も動物たちを追いかけて散り散りになった。気がつくと、私は一人きりで従者たちから遠く離れてしまい、飢えと渇きに襲われた。焼けつくような暑さのため、私はへとへとに疲れていた。

 

 ようやく、ある賢者の庵(いおり)を発見した。今ならわかるのだが、その賢者の名はサミーカ仙だった。私は中にいる賢者に気づいてもらおうと何度か声をかけてみた。飲み水がほしかったからだ。返事はなく、誰も外に出て来なかった。そこで、私は庵の中に入って行った。中には一人の隠者が平然と座っており、彼にとっては瞑想、そして私にとっては私の地位や必要を完全に無視した行為にふけっていた。私は足下に何か柔らかいものを感じた。それはコブラの死骸だった。私の知性は毒され、汚れた思いが入ってきた。私はそのコブラの死骸を賢者の首に巻きつけ、私を無視した罰だ、と心の中でほくそ笑んだ。それから、都の王宮へと帰っていった。

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 ところが、賢者の息子が、父親の首にコブラの死骸が巻かれているのを見つけた。息子はそれが私の仕業であることを知った。それゆえ彼は、『今日から七日後に、王が蛇に噛まれて死なんことを』と呪いをかけた。七日後!なんという思いやりだろう! 彼は即座に私が死ぬよう呪いをかけることもできたはずだ。しかし、私に七日間の猶予を与え、神をじっくり憶念し、差し迫る死という現実に備え、私が神に到達できるようにしてくれたのだ! なんと偉大な慈悲であろう! 死の恐怖が襲いかかるとき、このように一週間も前に予告してもらえる者など、めったにいるものではない」

※パリークシット王=アルジュナの息子であるアビマンニュとウッタラーの息子で、アルジュナの孫。

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​カメラ

4月
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 私たちの心〔マインド〕はカメラのレンズのようなものです。右側にいる人の写真を撮りたいのに、カメラを左側に向けるなら、どうしてうまく撮ることができるでしょう?

 私たちの肉体はカメラの本体、心はレンズ、ハートは感光板、思考はフラッシュであり、私たちのブッディ、すなわち知性はスイッチです。

 あなたがハートに平安と幸せを焼き付けたいのであれば、どんな悲しみや不幸も混じっていない、平安と幸せを与えてくれる活動や物事にレンズを向けることです。

​神の計画​

 クリシュナの氏族であるヤーダヴァ族が同胞の間で相争い、完全に滅亡してしまった時、ダルマラージャはアルジュナに

 「クリシュナはその争いを阻止できなかったのだろうか?」と尋ねました。

アルジュナは答えました。

 「ヤーダヴァ族の運命は、われわれの運命と同じです。われわれパーンダヴァ一族とカウラヴァ一族も、兄弟同士、血族同士で互いに惨殺し合いました。私たちの真ん中にはクリシュナがおられました。クリシュナは双方が戦うよう意志されたのです。誰にも神のご意志に逆らったり、神のご命令に背いて行動したりすることはできません」

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3月

​獲物の持ち主

 ヒマラヤの渓谷で苦行者として暮らしていた間、アルジュナはシヴァ神への瞑想に没頭していました。すると突然、巨大なイノシシが目の前を駆け抜けました。どうやらイノシシは追い詰められている様子で、どう猛にフゥーとうなり声を上げ、ひどく怒って鼻を鳴らしていました。

 アルジュナは苦行の最中であり、どんな殺生もするべきではなかったのですが、大急ぎで弓を手に取ると、その怪物めがけて矢を放ちました。ちょうどその時、森に住むビール族〔インド中西部の山岳地帯に住む部族〕のある男が、同じように弓矢を手にしてその場に現れ、あのイノシシは自分の獲物であると主張しました。

 「お前はいったい何者だ、この侵入者め、よくもわしの獲物を撃ち殺したな」

 

と男はふてぶてしい態度で頭ごなしに怒鳴りました。アルジュナは森に住む部族の男にひどく侮辱されたと感じました。

 「森とそこに住む野生の生き物は皆のものだ」

 

とアルジュナは主張しました。

 

 「お前はなぜわしが追いかけていたイノシシを殺した?」

 

と男は問い詰めました。言い争いはすぐに矢の争いに変わりました。しかし、アルジュナは自分の矢が刺さらず、まるで草の葉のように落ちてしまうことに気が付きました。彼は無力なまま立ちすくみ、怒り心頭に発しました。アルジュナは弓で男の頭にすさまじい一撃を加えましたが、壊れたのは弓の方でした。アルジュナは拳(こぶし)で男に殴りかかりました。二人は互いにハンマーのように強烈な殴打を浴びせ合いながら長い間戦いましたが、地面にばったり倒れたのはアルジュナの方でした。ビール族の男は少しも疲れていませんでしたが、一方のアルジュナは息も絶え絶えになり、血を流していました。  

 その時、アルジュナはビール族の男が普通の人間ではないことを悟りました。アルジュナは、自分が崇拝しているシヴァ神のリンガ〔シヴァ神の象徴として崇拝される長円形の石〕を作り、その上にいくつかの花を捧げました。すると、ビール族の男といつのまにか現れた彼の妻の頭上に、その花々が載っているではありませんか。アルジュナは喜びでいっぱいになりました。というのも、今ようやくわかったからです。部族の男とその妻は、シヴァ神と神妃パルヴァティーであり、二神はアルジュナの不屈の精神を試し、彼を祝福するために現れたのでした。

 

​獲物の持ち主

2月

 ダルマラージャは、クルクシェートラの戦いで何百万人もの命を奪った罪の意識から後悔の念に駆られ、神の恩寵を得るためにアッシワメーダ〔馬祀祭/アシュワメーダ〕を3回続けて執り行うことを決めました。しかし資金はなく、配下の王たちもダルマラージャを助けるだけの財力はありませんでした。彼らもまた戦争のために困窮していたのです。

 

すると、クリシュナは言いました。

 「王は国民の苦しい労働からのみお金を得ている。国民が汗水たらして稼いだお金を、君をおびやかす罪の償いのヤーガ(供儀)に使うのは間違っている。そんなことをすれば、さらに罪を重ねることになるだろう」

 

 これを聞いたダルマラージャは苦境に立たされました。ダルマラージャはこの苦境から助け出してほしいとクリシュナに嘆願しました。その時、クリシュナは言いました。

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 「かつて、マルトという名の統治者がいたが、彼はそれまでどんな統治者も着手したことのない方法でヤーガ〔供儀〕を執り行った。僧侶や学者や祭司らには金塊を贈り物として与えた。貧民や困窮している人々には、牛や家をかたどった何千個もの金の模型や金の皿を贈り物として与えた。

 しかし、受け取った人々は重い荷を運ぶのに苦労して、たくさんの金塊や金の模型を捨てざるを得なかった。あまりにも疲れてしまったのだ。今、その人々が通った道の両脇に残っている金塊なら手に入る。場所はわかっている。行って、それらを拾ってきなさい」

 

 ところが、ダルマラージャはためらいました。ダルマラージャは言いました。「それらの金塊は与えられた人々の所有物です。どうして彼らの許可なく使うことなどできるでしょう?」

クリシュナは答えました。

 「彼らは自ら進んで金塊を捨てたのだ。今はもう生きてはいない。捨てられたのはずっと大昔のことだ。金塊は地面の下で眠っている。すべての埋蔵物は統治者の所有物だ。君は統治者だ。誰にも異論を唱える権利はないのだよ」

そういうわけで、金は掘り出され、3度のヤーガは無事に執り行われたのでした。

同郷の方言​

1月

 ハリドワールから数マイル北のガンジス河のほとりにある人里離れたあばら屋に、プッタパルティ出身の1人の男が住んでいました。男は厳しいタパス〔苦行〕に没頭していたため、他の修行僧たちからとても尊敬されていました。

 

 ある日のことです。男が河で沐浴をしていると、バスでその地に降り立った巡礼の一行がテルグ語で話しているのが聞こえてきました。母語〔幼少期に最初に覚えた言語〕に愛着があったその男は、会話の聞こえる方へ引き寄せられました。どこから来たのかを尋ねると、一行はラヤラシーマ〔アーンドラ・プラデーシュ州の3つの地域の1つ〕だと答えました。さらに詳しく尋ねるとアナンタプル県から来たことがわかりました。男はもっと詳しく知りたくてうずうずしました。

 

 実は、その一行はペヌコンダ地区の、まさにプッタパルティからやって来たことがわかりました。これを知った男はとても喜びましたが、故郷のことや家族や友人について尋ねると、そのうち何人かは死んでしまったことがわかりました。気の毒なその男はまるで愚か者のように泣き出しました。長年積み重ねてきた彼の苦行はすっかり水の泡になってしまいました。言語への愛着が強すぎたために、苦行が台無しになってしまったのです。男はあまりにも母語に縛られていました。

 

 なんと残念なことでしょうか!

 これからは、無執着を実践しなさい。少しずつ実践していけばよいのです。遅かれ早かれ、あなたが大切につかんでいる一切のものを手放さねばならない日がやって来るのですから。

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